【長野】大天井岳テント泊|燕岳から表銀座を歩いて三股へ(1泊2日・24.2km)

2026年9月23日から24日にかけて、北アルプスにテント泊で行ってきました。中房温泉から燕岳へ登り、表銀座の稜線を南下して大天井岳の大天荘でテント泊。翌日は常念乗越を経て三股に下りるルートです。

2日間で24.2km、のぼり2,560m。育児の合間を縫っての1泊2日でしたが、天気に恵まれていい山行になりました。

目次

コースデータ

日付2026年9月23日(水・秋分の日)〜24日(木)
コース中房温泉〜燕岳〜大天井岳(大天荘テント泊)〜常念乗越〜前常念岳〜三股
エリア長野県安曇野市・大町市・松本市(北アルプス/常念山脈)
距離24.2km
合計時間15時間32分(1日目7:40/2日目7:51)
のぼり/くだり2,560m/2,729m
コース定数62(きつい)
標準タイム15時間51分
形態ソロ/テント泊
距離のぼりくだり時間
1日目11.5km1,898m479m7時間40分
2日目12.7km658m2,250m7時間51分

1日目にのぼり1,898m、2日目にくだり2,250m。前半で登って後半で下りる、分かりやすい配分です。

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穂高駅に車を置いて、行き帰りともバス

今回は中房温泉から入って三股に下りる縦断なので、車をどこに置くかが問題になります。使った手は、穂高駅前の駐車場に車を置いて、行きも帰りもバスにするというものです。

中房線乗合バスと書かれた赤と白の小型バス。安曇観光タクシーの車両
6時15分、中房温泉に到着。穂高駅から片道1,500円でした

行きは穂高駅から中房線乗合バスで中房温泉へ。片道1,500円。帰りは三股から安曇野市営バスの三股線で穂高駅へ戻って、片道2,000円でした。合計3,500円です。

料金も便数も年によって変わるので、行く前に必ず最新のダイヤを確認してください。特に帰りのバスは本数が少ないので、これに間に合わせることが2日目の行動を決めることになります(後述)。

合戦尾根は、やっぱり急でした

6時22分、中房温泉の登山口をスタート。

燕岳へ登る合戦尾根は、北アルプス三大急登のひとつです。あとの2つはブナ立尾根(烏帽子岳)と早月尾根(剱岳)。合戦尾根は登山口と頂上の標高差が1,287mあります。

合戦尾根の樹林帯を登る登山道。木の根と岩が階段状に続く
さすが三大急登。足にきます

登り始めからぐいぐい高度を上げていきます。テント装備の重さが足に乗ってくるのが分かる。ただ、この日はまだ疲れがないので、ハイペースで押していきました。

第1ベンチ、第2ベンチ、第3ベンチ、富士見ベンチと、休憩場所に名前が付いているのがこの尾根のいいところです。次のベンチまで、と区切って登れます。

合戦小屋のスイカと、八面大王の話

8時37分、合戦小屋に到着。

白い皿に載った大きなスイカひと切れ。山小屋のカウンター越しに青空が見える
名物のスイカ。600円です

合戦小屋といえばスイカです。600円。汗をかいた体に、これがおそろしく効きます。物資は小屋まで索道(リフト)で上げているそうで、その設備も見られます。

小屋の横に「合戦小屋地名の由来」という看板が立っていました。読んでみたら、なかなかの話でした。

「合戦小屋地名の由来」と書かれた白い説明看板。坂上田村麻呂・有明山・魏石鬼八面大王の挿絵が描かれている
合戦小屋の「合戦」の由来が書いてあります

桓武天皇の時代、中房温泉や有明山に魏石鬼(ぎしき)という者がいて、自ら八面大王と名乗り、妖術を使って里の財宝や人をさらい、社寺仏閣を壊していた。坂上田村麻呂がこれを討とうとするが魔力が強くて勝てない。そこへ「三十三節の山鳥の尾で作った矢なら通じる」という夢のお告げがあり、矢村の弥助が山鳥の尾を献上。ついに中房川上流のこの沢で八面大王を討ち果たした──というものです。

その「合戦」があった沢だから合戦沢、そこに建つ小屋だから合戦小屋。安曇野には八面大王にちなむ地名がほかにもあります。スイカを食べながら読むには、けっこう濃い内容でした。

稜線の上に小さく見える燕山荘の建物。手前の斜面は紅葉が始まっている
9時34分、燕山荘が見えました。少し紅葉しています

合戦沢の頭を過ぎると、稜線の上に燕山荘が見えてきます。9月下旬で、斜面はもう色づき始めていました。

燕山荘に到着、ここから表銀座

9時45分、燕山荘に着きました。登山口から3時間20分ちょっとです。

燕山荘前の木製道標。「槍ヶ岳3180M方面 大天井、常念岳」「燕岳頂上2763M方面 中房、餓鬼岳、高瀬渓谷」と書かれている
ここが表銀座の分岐点です

「槍ヶ岳3180M方面 大天井、常念岳」「燕岳頂上2763M方面 中房、餓鬼岳、高瀬渓谷」。この道標を見ると、いよいよ稜線に出たという気分になります。

燕岳は「アルプスの女王」

燕岳へ続く稜線。白い花崗岩が点在し、緑のハイマツと対照をなしている
燕岳。白い岩と緑の対比がきれいです

燕岳(つばくろだけ)は標高2,763m。白い花崗岩が風化してできた奇岩が稜線に並んでいて、「アルプスの女王」と呼ばれています。実際に歩いてみると、その呼び名に納得しました。気品がある、という言い方がいちばん近いです。

高山植物の女王と言われるコマクサの群生地でもあります(時期は夏)。

イルカが空を向いているように見える白い花崗岩。奥に青空と雲
イルカ岩。ちゃんとイルカでした

有名なイルカ岩も見られました。写真で見たままの形です。

燕岳山頂の石積みに置かれた木製の山名標。「燕岳」と書かれている
10時24分、燕岳登頂

10時24分に燕岳、10時36分に北燕岳(2,748m)。そこから燕山荘まで戻ります。

大天井岳への登り返しが、この日いちばんきつかった

11時16分に燕山荘を出て、大天井岳へ向かいます。午後から天気が下り坂の予報だったので、早足で。

稜線上にそびえる大きな花崗岩の塊。カエルにもゴジラにも見える形をしている
蛙岩(げえろいわ)。ゴジラにも見えませんか

途中に蛙岩(げえろいわ)があります。カエルというより、私にはゴジラに見えました。

大下りノ頭、為右衛門吊岩と進んで、13時1分に切通岩。ここからが、この日いちばんの難所でした。大下りで下げた高度を、大天井岳まで一気に登り返します。これが相当にきつくて、気持ちもかなり削られました。

切通岩の喜作レリーフ

岩壁にはめ込まれた青銅のレリーフ。切通岩の岩場に設置されている
13時2分、切通岩の喜作レリーフ

切通岩の岩壁に、レリーフがはめ込まれています。小林喜作のレリーフです。

小林喜作(1875〜1923)は明治から大正にかけての猟師で、山案内人でもありました。大正7年から11年にかけて、大天井岳から東鎌尾根を経て槍ヶ岳に至る道を、独力で開いています。これが「喜作新道」です。今の表銀座縦走コースは、この道が骨格になっています。

喜作本人は大正12年4月5日、鹿島槍ヶ岳で雪崩に遭って亡くなりました。49歳です。道を開いた翌年のことでした。

その道を、私はザックを背負ってひいひい言いながら歩いているわけです。100年前に、これを一人で切り開いた人がいた。そう思うと、登り返しのきつさも少し違って感じられました。

大天荘でテント泊

13時42分、大天荘に到着。霧の中で先が見えない登りが続いた末の到着でした。

砂利の上に設営された茶色のソロテント。背景はハイマツと岩
雨が来る前にテントを立てます

休憩もそこそこに、雨が降り出す前にテントを立てました。久しぶりのテント泊でしたが、トラブルなく終えられて、少しほっとしました。自分のテントは何度見てもかっこいいと思います。

大天荘は山頂の南東0.2kmにある小屋で、1956年に建てられました。運営は燕山荘グループに委託されています。

ガスバーナーとクッカー、レトルトのドライカレー、カップ麺、缶ビールが地面に並んでいる
持ってきたご飯。ビールだけ小屋で調達(700円)

夕食は持ってきたレトルトです。ドライカレーがおいしかった。ビールは小屋で700円で買いました。山の上で飲むビールの値段に文句を言う人はいないと思います。

2日目、大天井岳の朝

夜は多少雨に降られましたが、朝には晴れました。

紙コップのコーヒー越しに見る夜明け前の稜線と、うっすら明るくなった空
5時19分。コーヒーがうまい

5時24分にテント場を出て、山頂へ向かいます。

雲海の上に昇る朝日。空がオレンジと紫に染まっている
5時36分、日の出

途中で富士山も見えました。そして日の出。

大天井岳の山頂標識「大天井岳頂上 標高2922m」と、背後に朝焼けに染まる槍ヶ岳の稜線
5時41分、大天井岳登頂。バックは槍ヶ岳です

5時41分、大天井岳の山頂。標高2,922m、常念山脈の最高峰です。大町市・安曇野市・松本市の3市にまたがっています。

江戸時代は「神明岳」と呼ばれていたそうです。今の名前は「二ノ俣谷を詰めた最高所」という意味の「御天上」「御天所」から来ているという説と、松本城の天守閣の呼び方が変化したという説があります。

そして、背後に槍ヶ岳。これが見たくて来たようなものです。

朝日を受けて赤く染まる槍ヶ岳と穂高連峰の稜線。手前は雲海
モルゲンロート。これが見られただけで来た甲斐がありました

朝日を受けて槍穂が赤く染まりました。モルゲンロートです。

「幕営手形 大天荘」と書かれたオレンジ色の木札を手に持っている
幕営手形を返して、出発です

6時54分にテントを撤収して出発。お世話になりました。

稜線を常念乗越へ

7時21分に東天井岳、8時23分に横通岳。天気がよくて、歩いていて気持ちのいい稜線です。

稜線の先に大きく盛り上がる常念岳。手前に下りの登山道が続く
常念乗越まで下って、また上がるのか…

ただ、正面に常念岳がどんと構えているのが見えると、気持ちは別です。あそこまで下って、また上がるのか。天気がいい分、先が全部見えてしまうのが逆にこたえます。

赤い屋根の常念小屋を見下ろす。背後に槍ヶ岳と穂高連峰の稜線が並ぶ
8時56分、常念乗越。奥は槍穂の稜線

8時56分、常念乗越に到着。赤い屋根が常念小屋です。ここは横通岳と常念岳の鞍部で、小屋とテント場があります。常念小屋は1919年に山田利一が開いた小屋で、当時は「常念坊乗越小屋」と呼ばれていたそうです。

常念岳は登りません

ここで判断をひとつ。

目の前に常念岳(2,857m、日本百名山)があります。登りたい。でも体力が限界でした。しかも13時30分に三股を出る穂高駅行きのバスに乗らなければいけません。

常念岳はあきらめて、前常念岳を経由して三股へ下るルートを選びました。9時16分に常念小屋のテント場を出発します。

岩の積み重なった山頂に立つ「前常念岳 標高2662m」の黒い標識
10時38分、前常念岳。標高2,662m

10時38分に前常念岳。標高2,662m、一等三角点がある旧山頂です。すぐ横に石室の避難小屋があります。

三股への下りが、意外な難所でした

ここからの下りが、この山行で予想外にきつい区間でした。

まず岩の連続です。前常念岳から下の岩稜帯は、大きな岩を乗り越えながら下りていく道で、まったくスピードが出ません。そこへ前日の雨です。樹林帯に入ってからは道がドロドロで、これも滑って走れない。

登山道脇の緑の中に生えた赤い傘に白い斑点のあるキノコ。ベニテングタケ
危険な香り。ベニテングタケだと思います

途中、いかにも毒々しいキノコがありました。赤い傘に白い斑点。ベニテングタケだと思います。ヘビにも会いました。

バスの時間が頭から離れないまま下り続けて、13時5分に三股登山口。13時15分に三股第一駐車場のバス停です。出発の15分前でした。ぎりぎりでした。

しゃくなげの湯でフィニッシュ

「安曇野市営バス 三股線」と表示された白い市営バス
三股線で穂高駅へ。片道2,000円

バスで穂高駅まで戻って、最後は安曇野しゃくなげの湯へ。

カツカレーとサラダの定食。皿に盛られたカレーの上に大きなカツが載っている
カツカレー。2日分の疲れに効きます

2016年にできた日帰り温泉で、安曇野市穂高有明にあります。「石の湯」「木の湯」の2つの内風呂と露天風呂、レストランの有明庵があります。安曇野市民は割安で入れます。

ここのお湯は、中房川の渓谷にある源泉から引いています。つまり、朝バスで登っていったあの谷の水です。ぐるっと一周して戻ってきた感じがしました。

ご飯と風呂でフィニッシュ。お疲れさまでした。

まとめ

中房温泉から三股まで、北アルプスの稜線を1泊2日で歩きました。燕岳の白い岩、大天井岳からの槍のモルゲンロート、そして喜作新道。見どころが多い2日間でした。

気をつけたほうがいいところを3つ書いておきます。

  • 大下りノ頭から大天井岳の登り返し。テント装備だと相当こたえます。ここに体力を残しておいてください。
  • 前常念岳から三股への下り。岩の連続で時間が読めません。雨のあとはさらに遅くなります。私は所要2時間25分でした。
  • 帰りのバスの時間。本数が少ないので、これが行動の締め切りになります。私は出発15分前の到着でした。常念岳をあきらめたのもこれが理由です。

車を穂高駅に置いて、行きも帰りもバスにする方法は、縦断ルートを組むときに使えます。合計3,500円で、車の回収を考えずに済みます。

常念岳は残しました。次はそこからでしょうか。

YAMAP記事はコチラ

【1泊2日】大天井岳|テント泊の旅 / 山走男さんの燕岳・横通岳・前常念岳の活動データ | YAMAP / ヤマップ

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