【京都・大阪】嵐山って山だったのか。嵐山からポンポン山まで28.8km歩いて100座目

2020年3月22日、京都の嵐山から大阪のポンポン山まで歩いてきました。28.8km、10時間20分。この日いちばんの収穫は、嵐山が山だと知ったことです。

嵐山は地名としてよく聞きますが、そういう名前の山があるとは考えたことがありませんでした。あるんですね、ちゃんと。しかもこの嵐山が、私のYAMAP記録で100座目の山になりました。

目次

先に注意点を書きます

この記事のルートには、現在YAMAPの地図上で「立入禁止」と表示されている区間が含まれています。具体的には、ポンポン山から川久保へ下る側です。YAMAPの活動日記にも注意情報が表示されます。

2020年3月時点では通れましたが、いまは状況が違います。同じルートを歩こうとする方は、高槻市のハイキングコース案内やYAMAPの最新の地図で、必ず現地の最新情報を確認してください。この記事は2020年の記録であって、いまのコース案内ではありません。

コースデータ

松尾山〜嵐山(382m)〜烏ヶ岳〜新烏ヶ岳〜山上ヶ峰〜沓掛山〜大枝山〜大暑山〜小塩山〜ポンポン山(678.9m)
日付2020年3月22日(日)
ルート阪急嵐山駅〜京都一周トレイル西山コース〜嵐山三山〜山上ヶ峰〜沓掛山〜唐櫃越〜老ノ坂峠〜大枝山〜大暑山〜小塩山〜大原野森林公園〜ポンポン山〜川久保渓谷〜川久保バス停
距離28.8km
のぼり/くだり1,942m/1,739m
行動時間10時間20分(6:01〜16:21/休憩1時間23分)
コース定数51(きつい)/標準タイム13時間27分
消費カロリー3,300kcal
天気晴れのち雨
アクセス行き:阪急嵐山駅/帰り:川久保バス停からバスで高槻へ
Download file: withmountain_20200322.gpx

始発で嵐山へ

夜明け前の阪急嵐山駅のホーム。木の柱と行灯風の照明が並び、空はまだ青い
阪急嵐山駅。始発で来ました

6時1分にスタート。阪急嵐山駅は木の柱と行灯風の照明で、朝いちばんでも雰囲気があります。

ここから京都一周トレイルの西山コースに入ります。西山コースは三尾・清滝から鳥居本、渡月橋、松尾山を経て上桂まで、約12.0kmの区間です(京都観光Navi)。今日はその一部を使わせてもらいます。

木立の間から見える朝焼け。オレンジ色の空の下に街並みが広がっている
6時10分の朝焼け。今日も歩くぞ

嵐山は、ちゃんと山でした

6時35分に松尾山、7時2分に嵐山。

木に登って両手で数字の100を作っている人。木の幹に「嵐山」と書かれた木札が下がっている
手で100座目アピール。お行儀が悪いのはご容赦ください

嵐山は標高382m。京都市西部の山で、山頂付近には嵐山城跡が残っています。

そして「嵐山」という呼び方には広い意味と狭い意味があります。狭い意味ではこの1つの山を指しますが、広い意味では大堰川をはさんで西側の松尾山・嵐山・烏ヶ岳(嵐山三山)と、東側の小倉山・亀山、その麓一帯をまとめて嵐山と呼びます(Wikipedia「嵐山」)。

この日は松尾山、嵐山、烏ヶ岳と順番に踏んだので、朝の1時間半で嵐山三山を通過したことになります。渡月橋を渡って写真を撮るのが嵐山だと思っていたので、その上に3つも山があったのは意外でした。

記念すべき100座目です。木に登って手で100を作りました。行儀が悪いのはご容赦ください。

山上ヶ峰は、道がありませんでした

8時1分、山上ヶ峰。ここは登山道が確立されていなくて、木をかき分けて進みました。黄色い目印を頼りに歩くところです。

9時ごろ、道の脇に祠がありました。中に木を削って作ったお供えがずらりと並んでいます。山の神は女の神様だという言い伝えがあって、そのためのお供えだそうです。

山の神が女神とされるのは各地に共通する考え方で、自分の妻をへりくだって「山の神」と呼ぶ言い方もここから来ています。山の神は醜女だという伝承もあって、自分より醜いものがあれば喜ぶとして、顔の醜いオコゼを供える習慣もあるそうです(Wikipedia「山の神」)。

風習はいろいろあっておもしろいです。

木の幹に残る4本の縦の傷。爪でひっかいたような跡が並んでいる
熊の爪痕。たぶん昔のものです

9時23分。木の幹に爪痕がありました。たぶん熊です。見た感じ古そうなのですが、それでも心臓に悪い。

この日は鹿5匹、鴨2羽、虫多数に出会いました。3月下旬で、動物たちも動き始めている時期です。この爪痕を見て、くま鈴を買おうと決めました。

唐櫃越と、鬼の首塚

木の道標。「亀岡[唐櫃越]」と書かれた板と、オレンジ色の案内板が並んでいる
カラト峠。漢字では唐櫃越です

9時40分に沓掛山、そのあと唐櫃越(からとごえ)に出ました。

これは山城国と丹波国をつなぐ古い道です。山陰道の本道である老ノ坂の北側を迂回して、沓掛山を経由します。明智光秀が本能寺の変で信長を襲うのに使ったという伝承もありますが、これは事実ではないとされていますWikipedia「唐櫃越」)。歩いているときは伝承のほうしか知らなかったので、勝手に盛り上がっていました。

石段の上に立つ小さな鳥居。奥の木立の中に社が見える
首塚大明神。中には入りませんでした

11時6分、老ノ坂峠のあたりで首塚大明神の前を通りました。

ここは酒呑童子の首を埋めたと伝わる場所です。源頼光たちに討たれた酒呑童子の首を都へ持ち帰る途中、老ノ坂峠のあたりで急に首が重くなって動かなくなったので、そこに埋めたという説があります。討たれるとき酒呑童子は「首から上の病を持つ人を救う」と約束したとも伝わります(Wikipedia「首塚大明神」)。

老ノ坂峠は山城と丹波の境目です。境界に鬼の首を埋める、というのは分かりやすい話だと思います。心霊スポットとしても知られているそうなので、中には入らずに前を通っただけにしました。

骨を砕いて撒いてくれ、と言った天皇

山中に続く古い石段。両側に石の柵があり、上へ登っていく
淳和天皇 大原野西嶺上陵の石段

11時30分に大枝山、12時9分に大暑山(568m)。そして12時47分、小塩山(642m)に着きました。

小塩山の山頂は、淳和天皇の陵の裏手にあります。第53代の天皇です。

この陵、成り立ちが変わっています。淳和天皇は、自分が死んだあと空になった墓に鬼物が取り憑いて祟りをなし、子孫に災いをもたらすことを恐れました。それで「骨を砕きて粉となし、之を山中に散ずべし」と命じたそうです。実際に大原野西山の嶺の上で散骨が行われました。小塩山の東のふもとにある「灰方町」という地名は、そのとき遺灰が飛んでいった方向に由来するとされています(Wikipedia「大原野西嶺上陵」)。

この日は午前中に鬼の首塚を通って、午後に鬼を恐れて散骨させた天皇の陵に来ました。狙ったわけではありません。

森の案内所が、天国みたいでした

休憩所の室内。木の机と椅子が並び、手前の机にザックと帽子が置かれている
室内に机と椅子。屋根の下で座れるありがたさ

13時26分、大原野森林公園の森の案内所に到着。ここで昼にしました。

この場所が、ハイカーにとって天国みたいなところでした。トイレがあって、室内に机と椅子があって、さらに水まで100円で売っています。28kmの途中で屋根の下に座れるのは、それだけでありがたい。

大原野森林公園は京都市の公園で、面積は133.98ヘクタール。ポンポン山の北側斜面にあって、2000年(平成12年)4月27日に開園しました。森の案内所の開所日は、2月〜10月が水曜・土曜・日曜・祝日の9時〜17時、11月〜1月が土曜・日曜・祝日の9時〜16時です(京都市)。曜日によっては閉まっているので、あてにして計画を組むときは確認してください。

管理されている方々、ありがとうございます。

ポンポン山の木の山頂標。標高678.9mの表示と、ペコちゃんの人形が置かれている
ポンポン山、678.9m。知ってる場所に着いた安心感

14時58分、ポンポン山。ここまで来ると「知ってる場所だ」という安心感があります。街並みを見ながらおやつを食べていたら、ポツポツと雨が降ってきました。早く下りましょう。

川久保渓谷は、倒木だらけでした

斜面一面に倒れた木。幹が折り重なり、地面が見えないほど散乱している
倒木がすごい。それでも道は確保されています

下りは、歩いたことのない川久保渓谷を選びました。

倒木だらけでした。斜面一面に木が折り重なっています。アスレチックみたいで楽しくはあったのですが、危ないことに変わりはありません。

原因は2018年9月4日の台風21号だと思われます。この台風は非常に強い勢力で徳島県南部に上陸したあと、同じ日の14時ごろに神戸市に再上陸しました。関西空港では最大瞬間風速58.1mを記録しています(気象庁)。1年半経ってもこの状態です。

この渓谷沿いの道には「水声の道」という名前がついていました。倒木の下でも、その名前どおり水の音はずっと聞こえていました。

木の枝に下げられた手書きの木札。「おつかれさまです 道整備していただいてありがとうございます 感謝しております」と書かれている
この札を見て、少し立ち止まりました

15時52分、木の枝に手書きの札が下がっていました。

「おつかれさまです 道整備していただいて ありがとうございます 感謝しております」

倒木だらけの中に道が通してあるのは、誰かが切って、どけて、通したからです。それを歩かせてもらっている側が、次に通る人へ向けて札を下げている。素晴らしすぎます。心が洗われました。

16時21分、川久保バス停でゴール。バスで高槻まで帰りました。

風呂と焼肉

焼肉店のテーブル。生ビールのジョッキと、赤身肉が盛られた皿
28.8km歩いたあとの焼肉

17時に高槻新温泉、18時に焼肉。10時間20分歩いて3,300kcal使ったので、これは全部必要な行為です。

100座目が、地名だと思っていた山でした

YAMAPを始めてから100座目が嵐山だった、というのは出来すぎている気もします。渡月橋の向こうにある観光地の名前だと思っていたものが、標高382mの山でした。

この日は、そういうことの連続でした。カラト峠は唐櫃越という古道で、老ノ坂には鬼の首が埋まっていて、小塩山には骨を砕いて撒かせた天皇の陵がある。28.8kmの線の上に、名前と話が並んでいます。

ただ、歩いているときに考えていたのは、熊の爪痕と、倒木と、雨と、風呂のことでした。調べたのは全部あとです。

次はどこへ行きましょうか。

まとめ

  • 2020年3月22日、阪急嵐山駅から川久保バス停まで28.8km、10時間20分。コース定数51(きつい)
  • 現在このルートには、YAMAPの地図で「立入禁止」と表示される区間があります。歩く前に必ず最新情報を確認してください
  • 嵐山は標高382mの山。松尾山・嵐山・烏ヶ岳で「嵐山三山」です
  • 唐櫃越は山城と丹波をつなぐ古道。光秀が本能寺の変で使ったという伝承がありますが、事実ではないとされています
  • 老ノ坂峠の首塚大明神は、酒呑童子の首を埋めたと伝わる場所です
  • 小塩山の淳和天皇陵は、「骨を砕いて山に撒け」という遺言から生まれた陵です
  • 大原野森林公園の森の案内所は、トイレ・机・椅子があってありがたい場所。曜日によって閉まっているので確認を
  • 川久保渓谷の倒木は2018年9月の台風21号によるものと思われます

YAMAP記事はコチラ

京都嵐山から沓掛山を越え大阪はポンポン山へ&祝100座踏破 / 山走男さんの烏ヶ岳・大暑山・ポンポン山・沓掛山・松尾山・嵐山・小塩山の活動データ | YAMAP / ヤマップ

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!

コメント

コメントする

目次