2020年4月5日、高槻の若山へお花見に行ってきました。お菓子を持って、桜を見て帰るだけのつもりでした。
遠出はしたくない時期です。それなら近所の山でいい。高槻駅の方から歩き出して、高台にある高槻市立公園墓地へ向かいました。ここは景色も桜もきれいで、お花見にはいいスポットです。
その墓地の中で、赤い標柱を見つけました。「安満宮山古墳」。すぐ横の石には「青龍三年の丘」と刻んでありました。
青龍三年が何なのか、そのときは分かっていませんでした。
コースデータ
| 山 | 若山(315.2m)/大阪府高槻市 |
| 日付 | 2020年4月5日(日) |
| ルート | 高槻駅付近〜磐手杜神社御旅所〜高槻市立公園墓地・安満宮山古墳(青龍三年の丘)〜若山〜往路を戻る〜磐手杜神社 |
| 距離 | 8.5km |
| のぼり/くだり | 463m/461m |
| 行動時間 | 3時間5分(14:33〜17:39/休憩28分) |
| コース定数 | 13(ふつう)/標準タイム3時間33分 |
| 消費カロリー | 891kcal |
| 天気 | 晴れ |
桜はピークを過ぎていました

14時33分にスタート。18分ほど歩いたところで、桜の下に石碑がありました。「磐手杜神社御旅所」と刻んであります。御旅所は、祭りのときに神輿が立ち寄る場所です。
桜はもうピークを過ぎていて、風が吹くたびに花びらが舞っていました。満開もいいのですが、散り始めのこの感じも悪くありません。
墓地の中に、3世紀の古墳があった

15時6分、公園墓地の高いところまで上がると、赤い標柱が立っていました。「安満宮山古墳」。

その横の石には「青龍三年の丘」。上の面に、鏡をかたどった丸い金属板がいくつも埋め込まれています。何かの記念碑だとは分かるのですが、意味が読めませんでした。
調べてみたら、けっこうな話でした。
青龍三年は、西暦235年です。中国・魏の年号です。
この古墳は1997年(平成9年)に発掘調査されました。3世紀後半に造られた長方形の墓で、東西18m、南北21mと推定されています。ここから青銅の鏡が5面出てきました。そのうちの1枚に「青龍三年」の銘が入っていました。日本で出土した銅鏡のなかで、いちばん古い年号が入った鏡です。ほかにガラス玉が約1600個、鉄刀、鉄斧も出ています(高槻市、高槻市観光協会)。
ここからが本題です。
『魏志倭人伝』によると、景初3年(239年)に倭国の使節が魏に着いて、女王・卑弥呼が「親魏倭王」の金印と「銅鏡百枚」を与えられました。青龍三年の鏡は、その4年前に作られた鏡ということになります。
そのため、この古墳から出た鏡は卑弥呼が魏からもらった「銅鏡百枚」の一部ではないかという説があります。高槻市も「銅鏡百枚」の実態解明につながる発見と説明しています(高槻市)。
お菓子を持って桜を見に来ただけの場所で、卑弥呼の名前が出てくるとは思っていませんでした。
もうひとつ引っかかったのが、見つかったきっかけです。この古墳は、公園墓地を広げるための事前調査で見つかりました(Wikipedia「安満宮山古墳」)。いまのお墓を作ろうとして掘ったら、1700年以上前のお墓が出てきた。同じ丘が、そのままずっとお墓の場所だったということです。
お気に入りになった広場

15時29分。若山へ向かう途中に広場がありました。景色をさえぎる木がまったくなくて、街から山まで全部見えます。
ここは良かったです。お気に入りポイントにしました。

正面に鉄塔と送電線が走っています。写真としては邪魔なはずなのですが、街を見下ろす場所なので、これも風景のうちだと思うことにしました。
若山、315.2m

15時49分、若山に到着。山頂標には315.2mとあります。
山頂は杉の林の中で、展望はありません。この山の見どころは、山頂そのものより途中の広場です。

16時26分、下りながら団子を食べました。コンビニの三色団子です。お花見に来たので、これだけは外せません。
帰り道、桜の中を歩く

16時49分、公園墓地まで下りてきました。行きは古墳の方に気を取られていたのですが、帰りにあらためて見ると、桜がずらりと並んでいます。
墓地というと暗いイメージを持つ人もいると思います。ただ、ここは高台で、大阪平野が見渡せて、桜が咲いています。お参りに来る人にとってはいい場所だろうな、と思いました。
最後は磐手杜神社

17時20分、磐手杜神社に着きました。行きに御旅所の石碑を見た、その本社です。
社伝では、天智天皇5年(666年)に藤原鎌足の勧請で創建されたと伝わります。最初は「安満神社」という名前で、12世紀ごろに「春日神社」に変わり、明治44年(1911年)にほかの神社を合祀して現在の名前になりました。祭神は武甕槌命と経津主命など。春日の神様です(高槻市)。

境内に「献木しだれ桜」という石碑があって、その上から桜が垂れていました。誰かが奉納した木が、いまこうして咲いています。
この神社では毎年5月5日に「馬祭り」があります。子どもを乗せた馬が、神輿と一緒に安満のまちを練り歩く神事で、五穀豊穣を祈るものです。2006年(平成18年)2月に高槻市の無形民俗文化財に指定されています(高槻市)。行きに見た御旅所は、その神輿が向かう先です。
17時39分、ゴール。8.5km、3時間5分でした。
お花見のつもりが、1700年前まで戻された
この日の目的は、お菓子を持って桜を見ることでした。実際そのとおりに歩いて、団子も食べたし、桜も見ました。
ただ、通りすがりに撮った標柱1本のせいで、書くのに時間がかかりました。青龍三年が235年で、そこから出た鏡が卑弥呼のものかもしれない、というところまで話が伸びます。
近所の低山でも、看板の文字を1つ調べるだけでこうなります。若山は3時間で往復できて、途中に大パノラマの広場があって、麓に666年創建と伝わる神社があって、墓地の中に3世紀の古墳がある。散歩コースとしては、かなり詰まっています。
まとめ
- 2020年4月5日、高槻駅付近から若山(315.2m)を往復。8.5km、3時間5分
- 高槻市立公園墓地の中に安満宮山古墳「青龍三年の丘」があります。1997年の発掘で青銅鏡5面が出土
- そのうち1枚に「青龍三年」=西暦235年の銘。日本で出土した銅鏡でいちばん古い年号入りです
- 卑弥呼が魏からもらった「銅鏡百枚」の一部ではないか、という説があります
- 古墳は公園墓地の拡張工事の事前調査で見つかりました
- 若山の山頂は林の中で展望なし。途中の広場のほうが景色はいいです
- 下山地点の磐手杜神社は666年創建と伝わり、5月5日の馬祭りは高槻市の無形民俗文化財です
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